季刊「芸協」(平成16年秋号)



芸協お国自慢


第一回・北海道編

 芸術協会には170名ほどの協会員が所属しておりますが、その出身地は日本全国津々浦々に及びます。そこで今回から協会員の故郷を語ってもらう「芸協お国自慢」をスタートさせました。第一回目は北海道が生んだマジシャン、北見マキさんの登場です。
■北見マキプロフィル■
北海道虻田郡豊浦町出身。
昭和40年「北海マキ」の芸名でデビューし、昭和58年「北見マキ」に改名。
平成5年に文化庁芸術祭賞受賞。著書も多数出版。
北見マキHP「北見マキミステリー空間」
http://www.kitamimaki.com/



ふるさと賛歌

文 北見マキ
 

ふるさと賛歌

 プロのマジシャンになって早40年も過ぎてしまった。修行時代の食うか食わずの苦しい生活の中で心の支えになったのは、古里での楽しい想いでばかりであった。
 生まれは、北海道・洞爺湖温泉の隣町「豊浦」で、半農半漁の素朴な田舎まちである。
 疎遠になった田舎には、父母の法事や北海道の仕事の折に寄り道をするくらいだが、こどもの頃には広いと思った道幅も大人になってから見ると狭く感じられるし、市街から遠くはずれにあった川もこんなに近かったのかと思われる。
 子どものころ、雑貨商を営む父母の手伝いもせず、浜辺や磯辺で魚釣りや海のり、からす貝、ウニ、ナマコなどを捕ったり、また冬になれば、雪だるまを造り、竹スキーやソリ滑りを楽しんだりしたものだ。手足の霜やけは当たり前であったあのころ、子どものころは本当に田舎のまちを満喫していたのであろう。
 かつては素朴なだけが取り柄の田舎まちが唯一の自慢だった。東京には各地から人が集まる。集まると故郷の自慢話になる。今一つ自慢話のネタが少なかった古里だったが、しかし今は違う。名勝古跡を始め景勝地や「帆立&冬まつり」「いちご・豚肉まつり」と観光客の集客に力を入れていると聞く。
 バブル時代、時の総理が「ふるさと創世」とかで一億円を分配したが、わが田舎まちでは温泉を掘り当てた。「内緒の話だが、温泉に最初に入ったのは私です」と自慢げに話してくれた町長の笑顔が今でも忘れられない。しかし町長の実家はお風呂屋さんである。温泉の開発が進めば実家の家業とライバルになるはずだと変に心配してしまう。でもその温泉を含めた一帯をリゾート地に計画していると聞くにおよび、町長の度量の広さに敬服すると同時に、つぎつぎと発展して行こうとしている古里を、東京にいる私は本当に嬉しく、楽しみにしている。
 古里は私の原点です。



季刊「芸協」(平成16年秋号)掲載.