RinRin No.152(5・6月号)

 
和 妻
(日本手品)

「手仕事ニッポン」

本名・吉田省丘。昭和40年、東宝名人会よりデビュー。昭和51年、日本の伝統手品である和妻の家元「養老派」を継承。和洋の奇術文化に精通した独自の世界は、海外でも高い評価を受ける。ベスト・インターナショナル・マジシャン賞、松旭斎天洋賞、文化庁芸術祭賞、2003年ベストマジシャン最優秀賞など受賞多数。(社)日本奇術協会会長、日本演芸家連合副会長、日本奇術連盟顧問
           

様式美で見せる、格調高い不思議

消えつつあった和の様式美

独学の芸から、無形文化財へ

夢を与えるのが手品

Japan Renaissance

奇術師(和妻師・マジシャン)

北見 マキ

昭和15年、北海道生まれ
北見マキ・マジックスタジオ(マジック教室)
東京都江戸川区西小岩4-8-21
電話(03)3657-6074
ホームページ http://www.kitamimaki.com

インタビュー:長畠 健 写真:大塩 雅夫


様式美で見せる、格調高い不思議
――始めた当時は、周りの先輩方から、かなり反対されましたよ。なぜこんな時代遅れの古くさい芸を今から学ぼうとするのか、と……。

 そう語ってくれたのは、日本の伝統手品「和妻」を現代に蘇らせ、無形文化財になるまでに尽力した、北見マキさん。日本を代表するマジシャンとして海外からも賞賛されるその人が、伝統手品である和妻の世界に足を踏み入れたのは、意外なきっかけからだった。

――手品の世界にもブームがあって、その昔、ハトを出す手品が大流行した時代がありました。誰もがハトを出すものだから手品師に個性がなくなった。その打開策として、手品師の多くは、人が空中に浮いたり、鋸で切ったりという大掛かりな西洋手品に移行していった。けれども私は逆に、時代を遡って日本の伝統手品「和妻」を習得することにしたんです。皆と同じことをしては、いつかまた同じ目にあうだろうと思って……。古い日本の手品にも良さ≠ヘある。その良さを現代風にアレンジすれば、絶対に通用するはず。それだけを信念に出発しました。


 消えつつあった和の様式美
 「和妻」の語源は江戸時代、庶民の間で手品が大流行し、稲妻のように目にも止まらぬ早業≠ニいう意味の「手妻」の名で親しまれたことに由来し、明治の文明開化とともに渡来した西洋手品(洋妻)と区分するため「和妻」と呼ぶようになった。
 しかし、この名が付いたことは、和妻衰退の序説でもあった。

――文明の流れは実に早いもので、モダンでスピーディーな西洋手品が入ってきた途端、日本の伝統手品は悠長で古くさいという風潮になる。仕事がなくなると困るので、手品師の多くは、西洋奇術の方へ流れ、私が学ぼうとした当時、すでに和妻は消えかかっていました。先代の方は引退され、地域によってご年配の方が細々とやっているくらいでした。

 北見さんが和妻を習得する際に考えたのは、伝統をそのまま再現するのではなく、現代の感覚に合わせて再構築すること。例えば、それまで十分間でやっていたものを三分間に凝縮する。衣装やバックの音楽も、できるだけ華やかなものにする。もちろん伝統の良さ≠残すことを大前提に、西洋手品ブームの中でも見劣りしないような工夫を凝らした。


 独学の芸から、無形文化財へ
 和妻の魅力は、手品としての不思議さ≠ノ加えて、華麗な様式美、表現としての格調の高さにもある。
 手品は本来、手の巧拙だが、和妻では手だけではなく体全体の動きも重視される。モノを手に取るときには袂を持つ、歩くときには足袋の裏を見せてはいけないなど、日本の伝統的な所作≠激しく言われたという。
 それまで独学で手品を磨いてきた北見さんだが、大阪の日本手品の家元、三世・帰天斎正一師のもとに足げなく通い、その熱意と技能が認められ、流派の一つ「養老派」の家元継承を許される。

――自分なりに和妻を解釈して会得できた頃、芸の筋やポイントを「残したい」と思うようになった。きちんと残さなければ、誤解された形で伝わってしまう気がしたんです。それこそ着物を着て手品をしていれば和妻と呼ばれるような……。それはあまりにも寂しい。せっかく時代を遡って紐解いた芸ですし、今となっては私と同じ情報量を得るのは困難。そこで無形文化財に認定されるよう国に働きかけ、何とか実現しました。


 夢を与えるのが手品
 中学校の謝恩会で初めて人前で披露して以来、手品の魅力に引き込まれていったという北見さん。日本の伝統芸を守る一方で、タキシードに身を包み、華麗な手さばきで観客を沸かせる。和洋の手品を自在に操る背景にあるのは、手品への愛だ。
 現在は、自身のステージのかたわら、自宅スタジオでマジック教室を開き、一般の方に手品の手ほどきをするほか、若い弟子の育成にも力を入れている。最後に今後の抱負を伺うと、こんな言葉が返ってきた。

――夢また夢かもしれませんが、世界を魅了するような手品師を送り出したい。私が教えた弟子の弟子、またその弟子でもいい。とにかくその種を撒き続けたい。手品というのは見る人に夢を与えるもの。見る人を驚かすのではなく、人を楽しませるのが手品師の役目ですから。
 時代を遡り、紐解き、和妻を現代へと蘇らせたその人の眼差しは、再び時空を超え、未来を見つめている。


 
インタビュー:長富 健 写真:大塩 雅勇 企画編集:中村 伸二


・郵政局員購読誌「RinRin No.152(2004年5・6月号)」掲載.