浄土宗新聞No.446(平成16年4月号)
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愚にかえる 第34回 口べたでも何とかなるさ 文 北見 マキ |
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北見 マキ(きたみ まき)マジシャン。北海道出身。昭和40年デビュー。テレビや舞台で活躍。そのマジックは「真実のミステリー」と国内外から賞賛される。文化庁芸術祭賞受賞。ベストマジシャン最優秀賞などを多数受賞。日本奇術協会会長。『ゼッタイできるトランプマジック』(ポプラ社)など著者多数。 |
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口べたでも何とかなるさ
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| 恥ずかしい話、私は人前で話しをしたりスピーチをするとなると極端にアガルのです。「失敗したくない。恥をかきたくない」そのことだけで頭がいっぱいになるのか、とにかくうまく話さなくては、みんなを納得させなければ、という思いが一途で、人の前に出たり壇上に上がったとたんにパニックに陥ってしまうのです。 人前に立つ仕事をしていると、話しベタでアガリ性とは見えないらしく、その上、歳を重ねるにつけ話をしたりスピーチする機会も多くなってきました。 しかし芸人でも口ベタでアガリ性もいるのです。 「ぜひご挨拶を…」と頼まれたなら、さあたいへんです。「自分はこういう立場だからこうあらねばならぬ」と、自分でワクをはめてしまうのか、アガリ性のため絶えず緊張してしまうのです。心配症で取り越し苦労が多い私。そのうえ悪いことに人の前では絶対に恥をかきたくないと思う気持ちがたいへん強いのです。 それが不安となり、不安の種を次々と見つけ出すのです。たとえば「挨拶を忘れたら…」とおびえたり「言葉がつかえてしまったら…」と要らぬ心配をしたり…。また、何かがあると、その結果に気を回してしまう。取り越し苦労をしてしまう。「こう思われたらどうしよう」とあれこれ考えて悩む。いつも、よい結果より悪い結果ばかりを想定してしまう、取り越し苦労人なのです。 私の郷里は北海道の片田舎です。目の前は海辺で背は山に囲まれた自然のあふれるところでした。プロマジシャンを夢見て上京した東京は、交通量の多さ、セカセカと急ぎ足で行く人々の群れ、華やかなファッションなどに圧倒され、しばし足がすくんでしまったほどです。 はじめの頃は、人ごみの中に囲まれる電車や地下鉄に乗るのも嫌でした。見知らぬ環境で見知らぬ人々の中にはいったなら・・・。たいへんです、だれも自分を知らないことに耐えられなくなって、オロオロしていました。周囲を気にして、他人に対して身構えてしまうのかもしれません。結局は自分に自信がないからだと思うのです。 子どものころから内向的で、どうも口ベタで人と接するのが不器用でアガリ性なうえ、引っ込み思案なのです。先生や年長者などと話すときには、胸がドキドキしてしまいました。社会に出てもそれは変ることなく、口ベタでお世辞一つ言えなく、自分でも実にもどかしく、「立て板に水」とまでペラペラしゃべらないまでも、何とかならないものかと常々思っていました。 口数が少ないのに、うまく話そうとするから、緊張する。だから胸がドキドキしてしまうのは当然とわかっていても、つい肩に力が入ってしまい、会話を楽しむところではなくなってしまいます。 アガル原因は子供のころの育てられた環境や両親の育て方に関わりがあるとか。ことに母親の影響が大きく、その人の一生の人格をも支配してしまうことすらあると何かの本で読んだことがあります。 私は、雑貨商を営む律義で几帳面(きちょうめん)な昔気質(かたぎ)の頑固な父親と、やさしく内向的だが折り目正しい母親に育てられました。それが私の人格形成に重要な要素になったのかもしれません。しかし、小学1、2年生のとき、自分はこの家の養子だと知ったときは、大変なショックを受けました。それが私の心の大きな痛みとして残ったのでしょうか・・・。 自分の性格は、躁うつ型傾向・完全壁・自意識過剰で自分を抑えても他人に合わせてしまうタイプです。 自意識過剰も「百害あって一利なし」。他人の視線を気にして萎縮して生きるより、無骨でもそれを個性とし、気楽に伸び伸びと振舞うほうがスマートに見えると、我が家の能天気な奥方がアドバイスしてくれました。 歳とともに恥もかき捨ててくれるのかもしれません。これからは「口ベタでも、何とかなるさ…」の気分でいこうと思っております。 |
| 2004/4/ ・宗教法人浄土宗文化局発行「浄土宗新聞」 No.446(4月号)」掲載. |